イギリス2017その70(ロンドン編PART26) 【20ポンド紙幣の顔になるJ.M.Wターナー】

J.M.W Turner

KENです。

前回は、テートブリテン(Tate Britain)にある目玉の1つオフィーリア(Ophelia)を紹介しました。

今回は、オフィーリアのある1840年ルームから、美術館最大の見所であるターナーコレクションルームへ向かいます。

アイキャッチ画像は、当然ターナー

見ての通りイケメンですけど、実は…

ターナーコレクションは、テートブリテンの一番東側にあります。

テートブリテンのほとんどの部屋は、それほど混んでいませんでしたが、ターナーコレクションにはそこそこの人がいました。

ターナーコレクションにある作品とターナーの人物について、私なりに紹介します。

 

J.M.Wターナー(Joseph Mallord William Turner)とは

ロンドンのコヴェントガーデン出身の画家です。

一番有名な2つの絵画(戦艦テメレール号とグレートウェスタン鉄道の汽車)はナショナルギャラリーにあります。記事はコチラ

 

 

一方、テートブリテンには、ターナーコレクションという専用の部屋が作られています。

ターナー自身は、ナショナルギャラリーに全て自分の絵画を寄贈してほしかったそうですが…

12歳の頃までは、地誌的風景の版画に着色をする依頼を受けて風景画の基礎を学びました。

(地誌的風景とは地勢や歴史的建造物を精密に描写したもの)

14歳の時に、フランスの王立絵画彫刻アカデミーに対抗して作られたロイヤルアカデミーに入学し、水彩風景画の基礎を学びます。

アイキャッチ画像は、ターナーの自画像で、24歳の時に史上最年少でロイヤルアカデミーの準会員に選出されたことを記念に描かれたと推測されています。

きちんとした身なりに、信念に満ちたまなざしを向けたイケメンですよね。

 

ツッコミ担当

あれは、嘘だ!

実はかなり美化されたもので、本当は

  • ずんぐりした体形
  • 身なりにほとんどこだわらない
  • ごもごもとした不明瞭なしゃべりかたをする
  • 絵を描くこと以外は自分でほとんどやらなかった

これって、今でいうひきこもりではないかと私は思う。

ただし、

ターナーの自画像は、2020年から20ポンド紙幣に印刷されることが決定しています!

正確には、自画像と戦艦テメレール号の絵が印刷されます。

まあ、イケメンならいいんじゃねってことにしておきましょう

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20代後半~60手前まで

26歳(1801年)の時に、最年少でロイヤルアカデミーの正会員になります。

この時の目標が、イギリス美術を大陸の伝統的な美術の水準まで上げることだったそうです。

正会員となりパトロンもついたので、資金を貰ってアルプスの山々やルーブル美術館を回ります。

ルーブル美術館を見た時に、イギリスには公共の美術館がないと思い、これがナショナルギャラリーに自分の作品を寄贈するきっかけの1つとなったようです。

このころ(1810年頃)に描いた2作品がコチラで、

グリゾンの雪崩(The Fall of an Avalanche in the Grisons)

The Fall of an Avalanche in the Grisons

吹雪:アルプスを越えるハンニバルと彼の軍隊(Snow Storm: Hannibal and his Army Crossing the Alps)

Snow Storm: Hannibal and his Army Crossing the Alps

アルプスの山々を訪れた体験も活かされていて、嵐・吹雪・雪崩・洪水といった大自然の驚異等が表す崇高美(サブライム)を表しています。

特に雪や波の「うねり」はターナー独自の力強い描き方がされています。

44歳(1819年)の頃にはイタリアを渡り、ローマで次の絵を描きます。

ヴァチカンから見たローマ(Rome, from the Vatican. Raffaelle, Accompanied by La Fornarina, Preparing his Pictures for the Decoration of the Loggia)

Rome, from the Vatican. Raffaelle, Accompanied by La Fornarina, Preparing his Pictures for the Decoration of the Loggia

肖像画・風景画・建築図面などあらゆるものが精彩に描かれています。

この頃までは、あくまで見たものを忠実に表現していたように見えます。

晩年の作品…オススメ!

その後、62歳(1838年)に戦艦テメレール号を描いてから、晩年までは主に海景を描いていきます。

これは、ヴェネチアの影響が強かったようです。

加えてこの頃から抽象的な絵を描いていきます。風景が主体で、乗り物や人が風景に溶け込んでいるような描き方です。

晩年の傑作の1つ「吹雪:スチームボート港の口から(Snow Storm: Steam-Boat off a Harbour’s Mouth)」はまさにそうで、船っぽいのが絵の真ん中にあるみたいな感じになっています。

残念ながら、私が訪れた時はどこかに貸し出していたのだと思いますが、置いてなかったです (´д`)

ですので、テートブリテンのリンクを貼っておきます。

※リンク先を確認したら、現在展示されていませんになっていました。

先に説明した雪崩や吹雪の時よりも、よりうねりが強調されていて、人や船はついでに描いてみました感があります。

最後に色彩が対になっている2作品を紹介します。

平和ー水葬(Peace – Burial at Sea)

Peace - Burial at Sea

ターナーの友人ウィルキーの死にささげられたもので、青と黒でターナーの心象を表しています。

帆の色が黒すぎて絵が分かりにくいと非難されましたが、ターナーは黒が足りないと答えたそうです。

戦争、流刑者と岩傘貝(War. The Exile and the Rock Limpet)

War. The Exile and the Rock Limpet

絵の人物は、あのナポレオンです。沈みゆく夕日を背景に島に流されたかつての皇帝の孤独な風景を描いています。

この赤っぽい色合いがナポレオンがかつて起こした血の戦乱を示しているようです。

私は、このナポレオンの絵が1番印象に残っています。

ターナーらしい色使いとうねうね感に、何かよくわからない背景の建物にナポレオンがポツンといるので、よりナポレオンの孤独感が強調されていますよね。

オマケ

最後に、オフィーリアのある1840年ルームにも、実はターナー作品が1つだけポツンと置いてあります。

クイーンマブの洞窟(Queen Mab’s Cave)

Queen Mab’s Cave

シェイクスピアの真夏の夜の夢に出てくる妖精と女王をモチーフに書いたようです。

1846年に展示とされているので、晩年の抽象的な描き方をしています。

コレクションルームに一緒に展示していない理由は分かりません。

しかし、絵柄がターナーらしいうねった洞窟とそれに溶け込んでいる建物や鳥や妖精が描かれているので、この絵を見た時に「これターナーじゃね?」と気づきました。

ネットや本でもほとんど紹介がされていなかったので、クイーンマブはレアですよw

2020年、20ポンドの紙幣にターナーの自画像が印刷される前に、一度本物の自画像を見ることをオススメします!

次回は、お土産を見てテートブリテンをあとにします。