KENです。
前回までは、かつてギロチン待合室と呼ばれたコンシェルジュリー(Conciergerie)とギロチン処刑場だったコンコルド広場(Place de la Concorde)を紹介しました。
今回は、サント・シャペル(Sainte Chapelle)からノートル・ダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris)へ向かいます。
※アイキャッチ画像は、以前訪れた時に撮影したもので、セーヌ川の左岸から撮影しました。
サント・シャペルから、南へ向かいサン・ミッシェル橋(Pont Saint-Michel)の手前まで行きます。
橋の向こうには何やら像のようなものが見えます。
後から調べたら聖ミカエル(=サン・ミッシェル)の像と噴水でした。
聖ミカエルは大天使ミカエルのことです。
ミカエルについて以前記事を書いたので、興味のある方はコチラからどうぞ
サンミッシェル橋から、川沿いに東へ歩くと人だかりが見えて来ますので、そこにお目当ての大聖堂があります。
ノートル・ダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris)
まず、料金はタダです。
別料金の場所な、塔と地下のクリプトと宝物殿です。
ただし、ミュージアムパスで塔とクリプトはタダになります。
ミュージアムパスについてはコチラからどうぞ
何か珍しいものはないかと外をウロウロしてみます。
すると、広場正面右の方にポツンと像が設置してあります。
シャルルマーニュとその従者達(Charlemagne et ses Leudes)
人生のほとんどを闘いに費やした人物です。
南はイベリア半島、北はデンマーク、東はハンガリーまでとほぼヨーロッパ全土と広範囲にわたります。
800年のクリスマスの日にローマを訪れた際、教皇レオ3世から西ローマ皇帝の王冠を授けられたそうです。
王権とキリスト教がコラボしたという意味合いで大聖堂の横に配置してあるのだと思われます。
シャルルマーニュが、キリストを刺したクギをエクス・ラ・シャペル(Aix la Chapelle)こと現在のドイツのアーヘンで手に入れ、サン・ドニ修道院に移しました。
現在、このキリストのクギは、大聖堂内の宝物殿に置かれています。
十字架付きの王冠を被っているし、全身がフル装備になっている中々珍しい像なので、大聖堂へお越しの際はちょっと広場の右の方も見てみてください。
ノートルダム大聖堂の起源
写真は大聖堂にある3つの門の1番左側にある門。
主要人物が勢揃いしているので写真をアップしました。
- SORTIEの看板の上にいる石打ちの刑でフルボッコにされた聖エティエンヌ
- 門の中心にいる聖母マリア
- 首を手に抱えているパリ最初の司教サン・ドニ
元来の聖堂は、4世紀に聖エティエンヌ(=キリスト教最初の殉教者である聖ステファノ)に献堂されたものでした。
パリ司教モーリス・ド・シュリーが、聖エティエンヌから聖母マリアに献ずる聖堂に建て替えることを命じ、1163年より建設が始まりました。
この頃から聖母マリアが神格化されてブームになりつつあったそうです。
- シャルトル(Chartres)
- ランス(Reims)
- ストラスブール(Strasbourg)等
フランスの各都市の大聖堂がノートルダムという名称を持つものに改築されていきました。
現在も聖エティエンヌの名前で残っているのが、ブールジュ大聖堂(Cathédrale Saint-Étienne de Bourges)です。
シャルトル・ランス・ストラスブールに比べると知名度が落ちてしまいますが、ここは世界遺産にも選ばれた大聖堂です。
2018年に訪れたことがあるので、コチラもどうぞ
28体の聖王
大聖堂正面にはユダヤとイスラエルの王28人の石像があります。
28体の石像ですが、レプリカです。
フランス革命の際に、フランス歴代の王の石像と間違われて破壊されてしまいました。
フランス革命は、民衆が王権に逆らった革命なので仕方がないです。
破壊されたオリジナルの石像は、クリュニー美術館(Musée de Cluny)に展示されています。
クリュニー美術館は、各地の教会にあった石像やステンドグラスのオリジナルの展示がされています。詳しくはコチラをどうぞ。
最後の審判の門
3つの門の真ん中にあるのが最後の審判の門です。
最後の審判とは、キリストによって
- 天国で永遠の命を得る
- 地獄で永遠の苦しみを受け続ける
どちらかの裁きを受けることです。
向かって左側が天国で、右側が地獄なのは一目瞭然だと思います。
一番上のキリストの下には大天使ミカエルが魂を量っていますが、右側にいる悪魔が天秤をひっくり返そうとしている様子が描かれています。
次回は、ノートルダム大聖堂の中を見学します。